ぐんま暮らし支援センター就職相談窓口

Gターンyour turnぐんま暮らし支援(Gターン)センター就職相談窓口はJR有楽町駅近く東京交通会館8階に開設されました

大学のセミナーハウス等に積極アプローチしたらいかがでしょうか?

 大学生には、そろそろゼミ合宿、サークル合宿の日程が決まる頃でしょうか?群馬駄右衛門生活(なまかつ)の高校の後輩で、一橋大学を出て、移住というと何かと話題に上る鳥取県隠岐の島の海士町に移住した方がいます。俵物の代表格干しなまこを生産して暮らしているようです。なかなか有名な方ですから関心のあるかたは「ググッとぐんま」、じゃなくてググッてみてください。

 彼が海士町を知ったきっかけは、確か、大学生のときにゼミ合宿で海士町を訪問したからだったと思います。海士町に一目ぼれしたようです。ところで群馬県には結構大学のセミナーハウス等があります(順不同)。

東京大学 玉原国際セミナーハウス(沼田市

東海大学 嬬恋高原研修センター(嬬恋村

青山学院大学 体育会ハイキング部谷川山荘(みなかみ町

麗澤大学 谷川セミナーハウス(みなかみ町

武蔵大学 赤城青山寮(前橋市富士見町)

東京理科大学 谷山山荘(みなかみ町

高千穂大学 白根セミナーハウス(草津町

上智大学 宝台樹ヒュッテ(みなかみ町

成蹊大学 虹芝寮(みなかみ町

関東甲信越地区国立大学共同利用施設 草津セミナーハウス(草津町

日本大学 水上演習林(みなかみ町

東京農工大学 フィールドミュージアム草木、フィールドミュージアム大谷山(ともに、みどり市

東京農業大学 群馬分収林(富岡市安中市

 地元大学では、群馬大学嬬恋村に北軽井沢研修所があるほか、伊香保温泉にあった旧御用邸を管理しているなど、各大学が群馬県内にセミナーハウス等をもっています。なお群馬大学の北軽井沢研修所は、京都帝国大学教授で哲学者として知られる田辺元が、前回のブログで触れた「大学村」にあった別荘を死後寄贈したものだそうです(昭和19年定年退官後、「大学村」の別荘に隠棲したそうです)。

 セミナーハウスのある自治体は、大学生に地元の良さをアピールする場を設けてみてはいかがでしょうか?(嬬恋村明治大学東海大学女子栄養大学と提携しています。沼田市横浜商科大学国士舘大学と提携しています。教授との関係ということになってしまいますが、富岡市明治大学と提携しているほか、東京農業大学の先生と、明和町成城大学の先生と、四万温泉の或る旅館は桜美林大学の先生と仲良くしています。草津町は例年国士舘大学21世紀アジア学部の留学生の選択必修になっているプログラムを受け入れています)。将来、当該地に、移住を検討する学生さんが出てくるかもしれません。セミナーハウスのない自治体は全方位で積極的に大学生のゼミ合宿、サークル合宿を受け入れてはいかがでしょうか?

 それにつけても、かつてともに嬬恋村にセミナーハウスを構えていた専修大学大東文化大学の皆さん、もう一度群馬にセミナーハウスを作ってもらいたいんですが・・・。

 群馬駄右衛門生活(なまかつ)も、大学生の頃には長野県の或る村にある大学合宿所に、毎夏サークル合宿に行っておりました。大学紛争のピークは過ぎており、ベトナム戦争も終結し、高度経済成長は終焉を迎え、なんとなくキャンパスに空虚感が漂っていた頃です。ま、カッコよく言えば諸行無常キャンパスです。そういえば、しらけ鳥音頭(しらけ鳥飛んでゆく、南の空へ。みじめ、みじめ~)なんていうのがはやっていました。椎名誠の『さらば国分寺書店のオババ』や『哀愁の町に霧が降るのだ』なんていう本が妙にこころにピタッときた頃です。

 例年、日数は10日。毎日、昼はソフトボール夜は宴会という利用規約を大きく外れる単純豪華なハードスケジュール。来る日も来る日も宴会、ソフトボール、宴会、ソフトボール、宴会・・・です、時間ありましたし(先輩・高学年は出入り自由、1・2年生は必修。昔は現役合格は少数派だったんです。一浪夏生まれの私は1年生から飲めました)。生理的にお酒はカラダが受け付けないという人間も、立派な大酒のみになって卒業していく面倒見のいいサークルでした。

 「おりん巡礼歌」をせりふ付きで歌いきる先輩女子学生に圧倒されたり、持ち歌は「青い山脈」の替え歌のみ(もちろん、振り付けあり)という札幌南高校出身の先輩にゲンナリしたり、いい思い出です。入寮のときに、「×○研究会です」というと、管理人さんたちに、厄介者たちが来た、という顔をされましたけれど)。